住民訴訟「被告弁護士費用の返還」

住民訴訟にかかる弁護士費用補助金の交付に関する
柏市の「公益性」の説明に対する市民の見解

 

2003(平成15年)1月25日
村上隆久 

 

「平成13年度住民訴訟における弁護士費用の交付決定について」という標記補助金の交付が決裁された柏市における稟議書に記載された公益性の説明に関して、市民の立場から、この内容では「公益性」の説明として納得できないとの私見をのべさせていただきます。

 

まず、交付の決定について

(1) 本件補助は、住民訴訟の被告とされた議員の勝訴判決が確定したことに伴い、当該議員が応訴のため弁護士に委任し、支払った報酬について、地方自治法第232条の2の規定により、当該議員に対し補助するものである。

と補助金交付の根拠が説明されています。そこで、地方自治法第232条の2の規定を見ますと第2項は(寄付又は補助)となっており、条文は「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄付又は補助をすることができる」とあります。

この条文で明確に規定されていることは寄付又は補助は「公益上必要がある場合」に限られているということです。

「公益」とは云うまでもなく「私益」に対する言葉であり、「公共の利益」になるということです。232条の2が適用できるのは公共の利益になる場合に限定されているのです。

ここで公共の利益が客観的に認められるのかどうかが問われます。



ついで(2)として

(2) 本件補助について、次により公益性が認められると判断される。

とあり、ア、イ、ウ、エ、の4つの事由がその根拠として示されています。

 

まず、アについて

住民訴訟において、被告とされた議員が応訴したことにより、海外視察研修及びその費用支出が適法であったことが明らかにされ、これにより本市の業務執行に対する市民の信頼が確保されたこと。

とあります。果してこの判決により海外視察研修に関して市民の信頼が確保されたと云えるのでしょうか。判決文の全文をじっくりと読みかえしていただきたいのです。そうすればこの判決の全文からはこのような市民の信頼が確保されたといった説明にはならないと思います。

私は、裁判官は裁判を通じて海外視察研修の実態を十分に理解していただいたと思っています。全国の地方自治体議員がこの種の海外視察を行っている中で、千葉地裁がこれを全面的に否定する判決は出せないのではないかと予測していました。それにもかかわらずあれだけ膨大な判決文が出されたことは、まさに私達の予想を超えるものでした、私たちはこの判決内容を評価し、重く受けとめることにしました。

この判決文からは「市民の信頼が確保された」というような楽観的な判断は出てこないと思いますし、市民も信頼していません。

まず、最初のアに関してはそういった観点から公益性を立証する説明になっていないということを申し上げます。

 

ついでイについて

住民訴訟において、応訴して公務の適法性を争うことが当該公務と密接に関連していること及び応訴に当り弁護士を訴訟代理人とすることが社会通念上当然と認められるものであること。

とあります。ここで問題は後半の「応訴に当り弁護士を訴訟代理人とすることが社会通念上当然と認められるものである」というところです。

本件は柏市民による住民訴訟なのです。しかし関係議員は初めから本件を全て弁護士にまる投げしていたのです。

むしろこのような案件の場合には関係議員は住民の前に立って自らの所信を誠意をもって開陳すべきではないでしょうか。こうした自らの義務や権利をまる投げにしておいてその結果に対する補助金の交付申請はする、こちらの方こそ社会通念からしておかしのではありませんか。 本件には内藤、児玉と二人の弁護士が関わりましたが、公判の過程では実情を十分理解していない見解や陳述が述べられ、質問に即答できないなど、しばしば傍聴席から失笑を買う場面がありました。

私達は何も好き好んで裁判をしてきたのではありません。私達がこのような観光旅行まがいの海外視察研修を問題にしている丁度その時期に、私達の声を聞こうとしないばかりか、何の反省もなく恒例化した平成9年の海外視察研修をそのまま実施したのです。

私達の意見は全く無視されたばかりか、当時の柏市のある議員は海外視察を継続実施した事由として、「まだ海外視察にいっていない議員がいるのだ」といった発言をされました。海外視察は当選回数の多い議員から順番に参加していたのですね。そんな事由では私達は納得することはできません。

当時私達市民には住民訴訟といった手段によって反省を求めるより他に効果的な方法がなかったのです。

各議員はそれぞれの判断と決断のもとに海外視察研修に参加したのですから本来は議員それぞれが対処すべき当然の義務を、弁護士にまる投げしたことが「社会通念上当然と認められるもの」と説明されても私達市民には全く納得できないのです。

以上、イ については、ここでは公共の利益としての公益性を全く認めることができません。

 

ついでウについて

住民の権利の観点及び参政権の一種という住民訴訟の位置付けから、ある程度の訴訟提起はいわば民主主義のコストと考えることができるとされており、これに応訴する費用もコストの一部であるということができること。

何と市民、住民を軽視した表現ではないでしょうか。「ある程度の訴訟提起はいわば民主主義のコスト」である、これがどうして公益性の説明になるのでしようか。

 

最後のエについて

本件補助を行うことについて、市議会平成13年第2回定例会において決議を得ており、住民意思の合意がなされているとみなされること。

とあります。ここで云っているのは「市議会において決議を得ており、住民意思の合意がなされているとみなされること」、これを一般市民から見るとどういうことになるでしょうか。関係議員の直接利益につながる議案を議会が承認したにすぎないのではありませんか。どうして住民意思の合意がなされたことになるのでしょうか。

このことについて、一部の市議会議員は「これは議員仲間のことだからやむを得ないものとして反対しなかった」と云っていました。議員仲間の利益を認めたことがどうして公共の利益、公益性の説明になるのですか。

以上の4点は、いずれも公益性に関する直接的な説明にはなっていません。

 

合理的な公益性が認められないとすると、地方自治法232条の2の適用が不正に適用されていたことになります。一部の議員は議会で承認されれば何でもできるものと考えておられるようですが、当然のことながら法律の方が優先するのです。

これはあくまでも一市民の立場から本件に関する見解を述べたものです。法的な見地から見ればこうした見解には問題があるかもしれません。しかし、私達は本件に関しては、市民の目線から見て納得でき、理解できるご判断をいただきたいのです。よろしくお願いします。

 

 

経  過
日  付 出来事 関係資料
平成14年
2002年 6月12日
柏市監査委員への監査請求 監査請求書
平成14年
2002年 7月 2日
柏市監査委員への意見陳述
平成14年
2002年 8月 7日
監査請求の棄却決定 監査結果
平成14年
2002年 9月 6日
千葉地裁に提訴 訴  状
平成14年
2002年10月29日
第1回口頭弁論
平成14年
2002年12月10日
弁論準備 被告による準備書面(1)
平成15年
2003年 2月18日
弁論準備  
平成15年
2003年 4月15日
弁論準備  
平成15年
2003年 6月13日
弁論準備 原告による証拠の申し出(3)
(2003年5月20日)
平成15年
2003年 7月18日
弁論準備  
平成15年
2003年 9月30日
弁論準備  
平成15年
2003年12月19日
第2回口頭弁論
判決の言渡の予定を延期
 
平成15年
2003年12月26日
判決の言い渡し
全面勝訴判決!
日  付 出来事 関係資料
平成16年
2004年 1月16日
被告・柏市長による控訴申立  
平成16年
2004年 3月 3日
第1回口頭弁論
東京高裁825号法廷
 
平成16年
2004年 4月 7日
第2回口頭弁論
平成16年
2004年 4月22日
第1回弁論準備  
平成16年
2004年 5月21日
第2回弁論準備
本多市長が和解勧告を蹴る
被控訴人による準備書面
(2004年6月28日)
平成16年
2004年 9月15日
判決の言い渡し
勝訴判決!
平成17年
2005年 1月13日
  不開示決定理由説明書に対する意見書 石蔵保夫 (2005年1月13日)
平成17年
2005年 2月18日